東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)74号 判決 1968年8月24日
原告 旭礦末資料合資会社
被告 仙台通商産業局長
訴訟代理人 板井俊雄 外五名
主文
被告の左記鉱業権設定出願に対する許可処分を取消す。
記
処分の年月日 昭和三九年一〇月二八日
処分の相手方 下大越牧野利用農業協同組合
出願区域 福島県田村郡大越町地内(別紙(二)記載の区域)
出願年月日 昭和三五年六月二七日
登録年月日 昭和三九年一一月五日
登録番号 福島県採掘権登録第一三一七号
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
(原告)
主文同旨の判決を求める。
(被告)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二、請求の原因
一、原告は、昭和二六年二月二一日別紙(一)記載の区域に石灰石、ドロマイトを目的として鉱業権(採掘権)設定の出願をした。
二、訴外下大越牧野利用農業協同組合(以下「訴外組合」という)は、昭和三五年六月二七日原告の出願区域中、別紙(二)記載の区域(以下本件区域という)について石灰石を目的として鉱業権(採掘権)設定の出願をし、被告は昭和三九年一〇月二八日右出願を許可した。右許可は同年一一月五日登録され福島県採掘権登録第一三七号となつた。
三、原告の右出願は、鉱業法二七条による第一位の出願でありそれより後順位である訴外組合に対する被告の右許可処分は違法である。
四、そこで、原告は、昭和三九年一二月四日通商産業大臣に対し右処分につき審査請求を申立てたところ、同大臣は、昭和四一年三月三〇日付三九鉱第一六一五号裁決をもつて右審査請求を棄却した。
五、よつて、原告は、被告の訴外組合に対する右許可処分の取消を求める。
第三、請求の原因に対する認否
第一、二項 認める。
第三項 原告の鉱業出願は鉱業法二七条によれば、第一順位の出願であり訴外組合の鉱業出願が後順位の出願であることは認めるが、鉱業法施行法(以下単に施行法という)七条によれば、原告は後順位者になる。したがつて、被告の訴外組合に対する本件許可処分が違法であるとの主張は誤りである。
第四項 認める。
第四、被告の主張
訴外組合は本件区域について、施行法七条二項に規定する優先権を有する者であつた。
すなわち、訴外組合は、本件区域につき昭和二七年三月三一日国から自作農創設特別措置法四一条により売渡を受けその土地所有権を取得していたので、被告において原告からの別紙(一)記載の区域についての昭和二六年二月二一日付の石灰石、ドロマイトを目的とする鉱業権設定の出願を処理するに際し、訴外組合に対して昭和三九年二月二七日付文書をもつて、「貴組合所有の本件区域を含む周辺の土地につき原告から右鉱業権設定の出願があつたので、本件区域についての貴組合からの昭和三五年六月二七日出願にかかる石灰石の鉱業権設定願を、この通知に基づく出願に切り換えることを希望する場合は、この通知到達の日から三〇日以内にその旨を申し出られたい。」と施行法七条一項により通知した。そして、訴外組合は被告に対し、右期間内である昭和三九年三月七日に、前記出願を施行法七条の通知に基づく鉱業権の設定の出願に切り換えることを申し出たので、被告は本件区域について、訴外組合を同条二項に基づく優先権を有する者と認めて、これを許可したものであり、右許可処分には何ら違法な点はない。
第五、被告の主張に対する原告の認否および反論
一、被告が訴外組合に対し、昭和三九年二月二七日付文書をもつて、被告主張の内容の通知をなしたとの事実、訴外組合から被告に対し、被告主張の内容の申出のあつたという事実は不知。訴外組合が本件区域につき、被告主張のとおりその所有権を取得した事実は認める。
二、訴外組合が本件区域について施行法七条二項の優先権を有する者であるとの主張は争う。右組合の本件出願は鉱業法二七条の適用を受けるいわゆる一般出願であつて、原告に優先して許可を受くべきいわれはない。その理由は次のとおりである。
(一) 施行法四条及至七条は、昭和二五年の鉱業法改正にさいし同法上の法定鉱物に石灰石、ドロマイト等(以下追加鉱物という)を新たに追加するに当り、右追加鉱物について、既得の権利乃至地位を保護するために、一定の者に鉱業出願について優先権を認めている。
しかして、土地の所有者も右の恩恵にあずかりうるわけであるが、施行法七条の保護を受ける土地の所有者は、鉱業法の施行時である昭和二六年一月三一日に当該土地の所有者であつて、それ以後に土地を譲受けた者は含まれないものと解すべきである。
(1) 施行法四条乃至六条において、追加鉱物について保護を受くべき者は、追加鉱物を「掘採する者又はその承継人」、「追加鉱物を掘採している者又はその承継人」、「追加鉱物の取得を目的とする土地の使用に関する権利を有している者又はその承継人」であつて、いずれも「承継人」が明記されている。これに対し、施行法七条では「土地の所有者」とのみ規定し「承継人」は規定していない。したがつて、施行法七条の優先権者には承継人を含めないものと解すべきである。
(2) 施行法五条乃至六条の「掘採する者」、「掘採している者」、「権利を有している者」は、いずれも鉱業法施行の際の「者」である。これは、既得の権利乃至地位を保護しようとする経過規定の趣旨からも、施行法四条乃至六条が「承継人」を明示していることからも明らかである。
(3) 右のことからみて施行法七条においても、施行法四条乃至六条と同様に、「土地の所有者」は鉱業法施行時の土地の所有者を指し、それ以後の土地の承継人は含めない趣旨である。また、施行法四条乃至六条の規定の形式からみてもし土地の所有者を含める趣旨ならば、「承継人」と明記したはずである。
(4) 施行法七条が土地の所有者に優先権を与えた趣旨は鉱業法の施行により、追加鉱物の支配権が土地の所有者の手から分離されるため、土地所有者の既得の地位乃至権利を保護するために設けられたものである。したがつて、保護すべき土地の所有者は鉱業法施行時の土地の所有権者であつて、それ以後に土地を取得した者を保護する必要も理由もない。また、土地の所有者を鉱業法施行時、先願者の出願時、処分時のいずれの時点の土地所有者でもよいと解することは、先願処理の遅速によつて、先願者の鉱業権取得が影響を受け、不公平を生じ、基準として客観性に欠けるものである。
(5) かりに、承継人保護の必要があるとすれば、相続、合併等土地の所有者の地位を包括的に承継する場合だけであつて、特定承継人をも同一に取扱うのは不当である。このことは鉱業法が一般承継と特定承継を別箇に取扱つていることからも明らかである。
(6) 本来、鉱業法は先願主義を建前とするものである。右に述べた如く解しなければ、追加鉱物について、鉱業法施行後六ケ月以内に鉱業出願した先願者があるときは、その出願が処分される前に、その土地の所有権を取得することによつて、その者は先願者より優位に立つことができる。これでは先願主義は、追加鉱物については有名無実となる上先願者の地位は出願処分の遅速によつて重大な影響を受けることとなる。このことを無視して施行法七条を解釈することはとうてい是認できないことである。
(7) 昭和二六年九月八日資庁第五五〇号は、「本条の通知は新法施行後六ケ月以内の一般出願があつた当時の当該出願区域に係る土地所有者に対して行うものとする」といつているが、これは行政処理上の便宜のため認められる措置であつて、その通知を受けた者が
(イ) 鉱業法施行時の土地の所有者であること。
(ロ) 当該土地について、鉱業法施行時から処分時まで継続して土地の所有者であること。
の二つの要件を備えないかぎり、施行法七条の優先権者とはなりえないものである。したがつて、「土地の所有権者の承継人も本来の優先権者と認めて差支えない」と解するのは、包括承継人はともかく、特定承継人については違法な解釈である。
(8) さらに、「通知する以前に国有林地の売却を受けた者から、通商産業局長に対し譲受けの事実を証する書面を添付の上、同通知をするよう申出があつたときは、当該出願について最終処分を了していない限り通知すべきである」という昭和三〇年一〇月二一日鉱局第一〇二三号の解釈は、右に述べた理由および何故に国有林地だけを特別扱いにするのかについて合理的根拠がなく、施行法七条の解釈を誤つており、したがつて、下大越組合に対する許可も違法である。
(二) かりに、施行法七条の優先権がその土地の特定承継人にあるとしても、訴外組合が払下げを受けた土地は、優先権が放棄されており、同組合は施行法七条の優先権者ではない。
(1) 国有林野地に対する施行法七条一項の通知は、資源庁長官と林野庁長官との間の諒解により省略することになつている。(昭和二六年九月八日資庁第五五〇号)したがつて林野庁長官は通知を受けるべき権利およびその優先権を放棄しているので、少くとも、鉱業法施行後の昭和二六年九月八日以後、国有林野地の所有権取得者は、重ねて優先権を主張することはできず、土地の新しい所有者は通知を要求する権利はなく、また通産局長は改めて通知をなすべきではない。
(2) 資源庁と林野庁との諒解は、国有林野について施行法七条一項の通知を省略しただけで優先権の放棄の意思表示まではなされていないと解することは、形式的な論理であつて、通知を受けなければ、施行法七条の優先出願をする機会がなく、また林野庁では積極的に国有林野地の出願状況を知りえないのであるから、優先権をも放棄しているとみるべきである。
(3) 国有林野地について、林野庁長官が将来の不確定な優先権を一括して放棄することが許されるかどうかについて問題があり、右の諒解は無効とも思われるが、原告の出願は昭和二六年二月二一日であつて、林野庁長官と資源庁長官との間で協議の成立した昭和二六年九月八日の時点においては、施行法七条の通知を受けるべき状態になつており、通知を受けるべき状態にある確定した優先権を一括して放棄することは許されるものと思われる。したがつて、訴外組合の出願地については優先権が放棄されており、同組合は施行法七条の優先権者ではない。
第六、原告の反論に対する被告の認否および再反論
一、昭和二六年九月八日資庁第五五〇号により、国有林野に対する施行法七条一項の通知を、資源庁長官と林野庁長官との間の諒解により、省略することになつていることは認める。
二、原告は訴外組合は鉱業法施行後において本件国有林野の払下げを受けたのであるから施行法七条一項の土地の所有者には該当しないものであるとし施行法四条乃至六条においては追加鉱物についての保護を受くべき者の中には「承継人」が含まれるものとされているのにかかわらず、七条には「承継人」の規定がないから承継人は七条の優先権者の中には含まれないこと及び施行法四条乃至六条の規定によつて保護される「者」は鉱業法施行の際の「者」であるから七条の土地の所有者も鉱業法施行の際の所有者に限らるべきであるのに、この解釈を誤つて訴外組合の鉱業出願に対し許可したのは違法であると主張する。
しかしながら施行法七条の規定は追加鉱物が従来法定鉱物とされていなかつたのでこれを掘採取得することは土地所有権の内容の一部とされていたので、追加鉱物の賦存する土地の所有権自体を特に一種の既得権益として鉱業法施行の際保護することを目的としたものであつて、七条においては単に「土地の所有者」という一般的表現を用い、施行法四条乃至六条のように「新法施行の際、現に掘採する者又はその承継人は」とか「新法施行の日の六ケ月以前から引き続き追加鉱物を掘採している者又はその承継人が」とか、又は「新法施行の日の一年以前から引続き追加鉱物の取得を目的とする土地の使用に関する権利を有している者(……)又はその承継人が」というように優先権者とされる土地の所有者の範囲を時間的に限定する必要がなかつたのである。したがつて原告主張のように右七条の「土地の所有者」を鉱業法施行時の土地の所有者に限定すべきであるとするのは七条の置かれた理由を理解しないことによるものであつて失当というべきである。
原告は施行法七条の優先権がその土地の特定承継人にあるとしても、訴外組合が取得した土地は優先権が放棄されているから、同組合は施行法七条の優先権者ではないとして国有林野地に対する施行法七条一項の通知は資源庁長官と林野庁長官との間の諒解により省略することとなつている(昭和二六年九月八日資庁第五五〇号)ことを挙げているが、上記五五〇号通達においては国有林野地については施行法七条の通知は省略して差支えないというにすぎないから、国有林野地については七条の通知を省略することができても本件のように自作農創設特別措置法の売渡によつて私有地となつた土地にまで七条の通知を省略し、その土地所有者の優先権を喪失させることはできないものというべきであるからこの点の原告の主張もまた理由がない。
第七、証拠<省略>
理由
請求原因事実はすべて当事者間に争いがないので、訴外組合は本件区域に関する本件鉱業権設定の出願について、施行法七条二項の優先権を有するかの点につき判断する。
現行鉱業法(昭和二五年法律第二八九号、昭和二六年一月三一日施行)は、従前の法規の下では土地所有権の一内容とされていた石灰石、ドロマイト等(追加鉱物)を試掘採掘する権利をも、新たに鉱業権として土地所有権から分離させたため、土地所有者や、従前より右追加鉱物を現に採掘していた者等のいわゆる既得権を保護するための経過的措置が必要となり、鉱業権設定出願の優先権に関するものとして施行法五条ないし七条の規定がおかれた。
右規定によれば、追加鉱物の従前よりの掘採者もしくは追加鉱物の取得を目的とする土地使用権を有する者等については、右鉱業法施行の日(昭和二六年一月三一日)から六ケ月以内に当該追加鉱物を目的とする鉱業権の設定の出願をしたときに限り、他の出願に対し鉱業法二七条の規定にかかわらず優先権を有するものとされている(施行法五、六条)。しかるに、土地所有者については、右のような方法はとられず、鉱業法施行の日から六ケ月以内に他の者から追加鉱物を目的とする鉱業権設定の出願があつたときは、通商産業局長はその出願地にかかる土地の所有者にその旨通知し、当該土地所有者がその通知の到達の日から三〇日以内に当該追加鉱物を目的とする鉱業権設定の出願をしたときは、優先権を有するものとされている(施行法七条)。
土地所有者の優先権につき、右のような定め方をしたのは、土地所有者の優先権についても従前よりの掘採者等の場合と同様、単に鉱業法施行の日から六ケ月以内に出願した場合に限るとすれば、土地所有者のうちには、追加鉱物の従前よりの掘採者等と異り、追加鉱物を目的とする鉱業権に関心を有しない者もあり、空しく右期間を徒過する者が多いと考えられるところから、鉱業法施行の日から六ケ月以内に出願があつた場合に限り、通商産業局長より土地所有者に対してその旨通知を行うことにより、土地所有者の利益のためその注意を喚起して出願の機会を与えることとしているものと解される。
そして、施行法七条は通商産業局長が右通知をなすべき期限については定めていないが、同条はその通知が遅滞なくなされることを予定しているものと解すべきことは当然であり、他方、右通知は鉱業法施行の日から六ケ月以内に出願があつた場合にのみ行われ、また、土地所有者による優先権ある出願は右通知の到達した日から三〇日以内になされたものに限られていることとあいまつて、土地所有者の出願についても結局は、鉱業法施行の日から六ケ月を著しくこえないうちになされたものに限り優先権が認められるにすぎないこととなり、施行法五、六条による従前の掘採者等の優先権の場合との均衡を失わないようにされているものと解すべきである。
ところで当事者間に争いのない事実および成立に争いのない乙第一号証の一により認められる事実を綜合すれば、本件の事実関係は次のとおりである。
昭和二六年二月二一日本件区域を含む区域について原告は、石灰石、ドロマイトを目的とする鉱業権(採掘権)設定の出願をなしたが、本件区域は国有林野であつたため、資源庁長官と林野庁長官との諒解により(昭和二六年九月八日資庁第五五〇号通達参照)右出願についての施行法七条一項の通知は省略されていたものであるところ、昭和二七年三月三一日右通知がなされないまま訴外組合が自作農創設特別措置法四一条により売渡を受けて本件区域の土地所有権を取得し、昭和三五年六月二七日同組合も本件区域について石灰石を目的とする鉱業権(採掘権)設定の出願をなし、昭和三九年二月二七日付で仙台通商産業局長により訴外組合宛になされた本件区域に対して原告の前記出願があつた旨の施行法七条一項の通知に基づき、訴外組合は昭和三九年三月六日前記昭和三五年六月二七日付出願を右通知に基づく出願に切替える旨の意思表示をなしたものである。
右事実によれば、昭和三五年六月二七日の訴外組合の出願の時点をとつてみても、それは到底施行法七条の予定する前記期間内になされたものと解することはできず、しかもその原因は本件区域が国の所有に属していた時、林野庁長官と資源庁長官との諒解により、国有林野については施行法七条一項の通知を省略することになつていたことにあるものと解される。
ところで右のような諒解が存したことは、国はその所有にかかる国有林野については、右施行法七条一項の通知を受けるという鉱業法上土地所有者のために設けられた制度による利益は享受しないという一般的な意思を表明していたものと解され、本件区域についても、原告による前記出願があつたにもかかわらず、右諒解の趣旨により右通知およびそれに基づく出願がなされないまま施行法七条の予想する期間をはるかに徒過してしまつたのであるから、国もしくはその承継人たる訴外組合は、以後はもはや本件区域について右通知を受けそれに基づき優先権ある出願をする権利は喪失したものというべきであり、昭和三五年六月二七日付訴外組合の出願には、たとえそれが後になされた通知により、その通知に基づくものに切替えられたにしても、施行法七条による優先権を認めることはできない。
よつて、訴外組合の右出願に優先権があることを前提としてなされた当該出願に対する本件許可処分は違法であるから取消すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小木曾競 佐藤繁 藤井勲)
(別紙(一)(二)省略)